1.はじめに
システム正当化とは何か
システム正当化とは、既存の社会的、政治的、経済的システムを批判することなく、無批判に受け入れることを指します。これは、個々が自身の社会的地位や役割を正当化し、社会全体の平和と秩序を維持するための心理的メカニズムとも言えます。
具体的には、「現在の生活環境や社会状況が公正である」と無意識に信じ、それを支持し続ける傾向を示します。例えば、不平等な社会状況を正当化するために、「努力すれば誰でも成功できる」「貧困層は努力が足りない」などと自己認識するのが典型的な例です。
このように、システム正当化は社会や組織の構造を維持する重要な役割を果たしています。それは時に社会の公正性や平等性を損なう場合もありますが、一方で社会全体の安定性を保つ助けともなっています。
2.システム正当化の心理的メカニズム
(1)自己と他者に対する認知バイアス
システム正当化における心理的メカニズムの一つに、自己と他者に対する認知バイアスがあります。これは、自分や他者に対する理解や見方が、既存の社会システムや制度を無意識的に支持する方向へと傾く傾向を指します。
具体的には、自己に対しては「自分が低い社会的地位にあるのは、自分の努力不足や能力不足によるものだ」と自己責任の視点から解釈する傾向があります。これを「内部属性付け」または「自己効力感の低下」と言います。
また、他者に対しては、「彼らが高い地位にあるのは能力や努力があるからだ」と解釈し、現状の社会的格差を正当化する傾向があります。これを「システム保護モチベーション」または「他者の能力過大評価」などと言います。
自己と他者に対する認知バイアスは、社会システムの維持や不平等の継続に大いに影響を与えます。
(2)社会的地位や役割に対する認識
社会的地位や役割に対する認識は、システム正当化の核心的な要素です。私たちは、自身が属する社会システム内での自分の地位や役割を認識し、それが公正であると感じる傾向があります。これは、現状保全バイアスとも関連しています。
例えば、社会の上層部に位置する人々は、自分たちの地位が能力や努力によって得られたものであり、公正に配分されていると認識する傾向があります。逆に、社会的地位が低い人々も、自分たちの状況は自身の能力や努力によるもので、社会システム自体に問題はないと考えることで、システムを正当化する傾向があります。
表1:社会的地位とシステム正当化の認識
社会的地位 | 認識 |
---|---|
上層部 | 自身の地位は能力や努力によって公正に得られた |
下層部 | 自身の状況は自身の能力や努力により、システムは公正 |
以上、自身の社会的地位や役割をどのように認識するかが、システムをどのように正当化するかに直結していることが分かります。
3.システム正当化理論の概要
(1)理論の提唱者と背景
システム正当化理論の提唱者は、社会心理学者のジョン・ジョースティです。彼は1994年にこの理論を初めて紹介し、社会の不平等や不公正を個々の人々がどのように認識・理解するかを解明しました。
ジョースティの研究は、人間が自身が生きる社会システムを無意識に正当化し、これが社会的不平等を維持する原因となると指摘します。自己利益とは逆に、不公正な社会システムを受け入れる傾向を「システム正当化」と名付け、これが個人から社会全体まで影響を及ぼすと説明しました。
この理論は、社会心理学だけでなく、政治学や経済学等、多くの分野で参照されるようになり、社会システムと個人の心理との関係性を考える上で重要な枠組みとなっています。
(2)理論の主要な論点と考え方
システム正当化理論の主要な論点は、人々が不公平な社会システムを受け入れ、正当化する傾向にあるという点です。これは、不平等が存在する社会でも、「世の中は基本的に公平だ」という認識がないと心理的に苦痛を感じるためとされています。
主要な考え方としては、表1に示すように、「ステータスクォバイアス(現状維持バイアス)」と「レジティマシーバイアス(合法性バイアス)」が提唱されています。
【表1】
考え方 | 内容 |
---|---|
ステータスクォバイアス | 現状への傾倒と、変化を避ける傾向 |
レジティマシーバイアス | システムや社会秩序が正当であると信じる傾向 |
これらのバイアスは、不公平な状況を維持し、変化を阻害する強力な力となります。
4.システム正当化がもたらす影響
(1)社会構造への影響
システム正当化は、社会構造に大きな影響を与えます。とりわけ、社会の階級構造やパワーバランスを維持する役割を果たしていると言われています。
表1. システム正当化による社会構造への影響
要素 | 影響 |
---|---|
階級構造 | 不平等な階級構造の維持 |
パワーバランス | パワーの偏りの正当化 |
これは、人々が自己や他者の社会的地位を正当化することで、社会の不平等や不公平さを受け入れやすくする効果があるからです。このため、システム正当化は、社会改革や革命の障害ともなり得ます。
以上から、システム正当化は、我々の社会生活に深く根ざし、社会構造そのものを形成・維持する重要な心理的メカニズムであると理解できます。
(2)個人の思考や行動への影響
システム正当化は、個々の思考や行動に直接的な影響を与えます。これは、個人が自身が存在する社会システムを受け入れ、その中での自己位置を認識する過程で表れます。
たとえば、社会的地位が低い人々が自己の地位を正当化するために、”努力すれば昇進できる”といった信念を持つことがあります。このシステム正当化のメカニズムは、不平等な社会状況を維持する役割を果たします。
また、システム正当化は不公正な出来事や状況に対する感受性を低下させ、これにより個々の行動範囲や選択肢が制限される可能性があります。
以上のように、システム正当化は個々の思考や行動パターンに深い影響を与えると理解できます。
5.システム正当化とジェンダー
(1)ジェンダーにおけるシステム正当化の例
ジェンダーにおけるシステム正当化の一例としては、性別に基づく役割分担が挙げられます。社会的には男性は働き、女性は家庭を守るという固定的な役割が存在します。
例えば、以下のような認識が広く共有されています。
男性 | 女性 |
---|---|
外で働く | 家事をする |
社会的成功を追求 | 子育てに専念 |
リーダーシップを取る | サポートする役割 |
これはシステム正当化の一環で、この状況を正当化し、受け入れやすくするための心理的メカニズムです。特定の性別が一定の役割を持つことが「当たり前」と感じられ、これが社会全体の仕組みやシステムを支える役割を果たしています。
(2)ジェンダーにおけるシステム正当化がもたらす影響
ジェンダーにおけるシステム正当化は、男女間の役割やステレオタイプの固定化に大きく寄与します。たとえば、男性がリーダーシップを取るべきだという社会的な観念は、システム正当化の一環として掘り下げられます。
表1. ジェンダーにおけるシステム正当化の影響
影響 | 例 |
---|---|
役割固定化 | 「女性は家庭を守るべき」「男性は社会で働くべき」等 |
ステレオタイプの持続 | 「女性は感情的」「男性は理性的」等 |
これらの観念は、ジェンダー平等の観点から見ると問題となります。なぜなら、これらのステレオタイプは、男女間での職業選択やキャリア発展の選択肢を制限し、ジェンダーによる不平等を維持する可能性があるからです。システム正当化は、意識的・無意識的に社会的不平等を認識し、それを正当化する役割を果たします。
6.まとめ
システム正当化を理解するために必要な視点
システム正当化を理解するためには、以下の三つの視点が重要です。
第一に、「認知バイアスの視点」です。人間は無意識のうちに自己や他者を評価する際にバイアスを持つことがあります。このバイアスがあらゆる社会システムを正当化し、維持する力となります。
次に、「社会的地位の視点」です。個々人が自己の社会的地位や役割をどう認識し、理解するかは、システムをどう捉え、正当化するかに影響します。
最後に、「ジェンダーの視点」です。性別による役割分担や権限の差など、ジェンダーに結びつくシステムの正当化も見逃せません。
これらの視点からシステム正当化を捉えることで、私たちが生きる社会の構造や仕組みを深く理解することが可能となります。
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