1.はじめに
(1)事後情報効果とは何か
事後情報効果とは、一般的に、「先に得た情報が後から得た情報によって変容する現象」を指す概念です。この効果は、社会心理学の一部として語られ、人間の認知バイアス(先入観や偏見)の一つとされています。
具体的には、事後情報効果が働くと、物事を観察した後で新たに得た情報が、元の観察結果や記憶と結びつき、その観察結果や記憶自体を改変してしまうことがあります。
表1. 事後情報効果の例
元の情報 | 新たな情報 | 事後情報効果による影響 |
---|---|---|
「Aさんは助けてくれた」 | 「Aさんは犯罪者だ」 | 「Aさんが助けてくれた」の記憶が曖昧になり、「Aさんは犯罪者だ」という新情報が強調される |
このような現象は、私たちが日常生活や職場などでも経験することでしょう。
(2)なぜこのトピックが重要なのか
事後情報効果は、私たちが過去の事件をどのように記憶し、そしてその記憶が現在の判断や意思決定にどのように影響するかという、日常生活に深く関わる問題です。
具体的には次の三つの点でその重要性を理解することができます。
- 心の健康:誤った情報が記憶に影響を及ぼす事後情報効果を理解することは、健全な思考と判断力を保つ上で重要です。
- 社会正義:目撃者証言など、事後情報効果が法的な状況に影響を及ぼす可能性もあるため、公平な社会の実現に寄与します。
- 教育と学習:事後情報効果は、教育や学習の場でも影響を及ぼします。新たな情報を取り入れる際の認知プロセスを理解することで、より効果的な学習方法を模索することが可能となります。
以上の理由から、事後情報効果の理解は認知科学だけでなく、心理学、法学、教育学など、多岐にわたる分野で重要とされています。
2.社会心理学の視点から見た事後情報効果
(1)認知バイアスとしての事後情報効果
事後情報効果は、私たちが持つ認知バイアスの一つです。認知バイアスとは、情報を選択的に受け取り、解釈し、記憶するときに生じる偏りのことを指します。具体的に事後情報効果を見てみましょう。
人が何かを経験した後、その出来事について後から得た情報は、元の記憶を変えてしまう可能性があります。これが事後情報効果です。例えば、ある映画を見た後に友人からその映画のレビューを聞いたとします。友人のレビューはあなたの映画に対する感想や記憶を変えてしまう可能性があります。
このように、事後に得た情報が事前の記憶や判断に影響を与えるというのが事後情報効果です。これは認知の偏り、つまり認知バイアスの一種であり、私たちの日常生活においてどれほど影響を及ぼすか理解することは重要です。
(2)事後情報効果が引き起こされるメカニズム
事後情報効果のメカニズムを理解するために、まず基本的なプロセスを覚えておきましょう。人間の記憶は、情報が入ってくる(エンコーディング)、保管される(ストレージ)、そして取り出される(リコール)という3つのステージから成り立っています。
- エンコーディング: 何かを体験または学ぶ時点で、情報が脳に取り込まれます。
- ストレージ: エンコードされた情報が脳内に保管されます。
- リコール: 必要になった時点で、その情報が思い出されます。
事後情報効果が引き起こされるのは、”リコール”のプロセスです。具体的には、エンコーディング・ストレージの後に得た新たな情報(事後情報)が、元の情報のリコールに影響を及ぼします。この効果は、特に不確かまたは曖昧な記憶に対して強く現れます。このように、事後情報効果は私たちの記憶が動的で変化しやすいことを示しています。
3.具体的な例で理解する事後情報効果
(1)ガードレールに激突した車の例
事後情報効果の具体的な例として、「ガードレールに激突した車」のケースを見てみましょう。
ある日、あなたが車を運転していると、突然前方のガードレールに激突します。幸い大怪我をしていないですが、事故直後の記憶は混乱しており、自分がなぜ事故を起こしたのかがはっきりしません。
次の日、友人から「事故の前に雨が降っていたから、滑ったのでは?」と事後情報を得ます。この情報が頭に入ると、あなたの記憶は自動的に改ざんされ、雨が原因で滑ったと記憶するようになります。しかし、実際のところは雨が降っていたかどうかさえ、確かではありません。
このように事後情報効果は、新たな情報によって過去の記憶や経験が変わってしまう現象を指します。
(2)事後情報効果が影響を及ぼす現実的な状況
事後情報効果は日常生活での意思決定にも影響を及ぼします。例えば、レストランでの食事では初めての料理を美味しく堪能した後、その料理の評価が高いと知った場合、自分の評価も無意識に上がる傾向があります。これは、事後情報として他人の評価を知ったことで、自分自身の記憶や経験が書き換えられる結果となるのです。
また、購入した商品が思ったより早く壊れた時、事後にその商品の評判が悪いと知った場合、初めて購入した時の評価は下がります。これも事後情報効果の一例です。
以下の表でさらに具体的な事例を見てみましょう。
状況 | 事後情報 | 感じた効果 |
---|---|---|
レストランの料理を食べた | その料理の評価が高いことを知る | 自己の評価も上がる |
購入した商品が壊れた | その商品の評判が悪いことを知る | 初めて購入した時の評価が下がる |
これらからわかる通り、事後情報効果は私たちの日々の生活に深く影響を及ぼしています。
4.事後情報効果と目撃者証言
(1)犯罪心理学から見た事後情報効果の影響
「事後情報効果」は犯罪心理学でも重要なキーワードとなっています。何故かというと、目撃者が事件後に得た情報が、その人の元々の記憶を曖昧にさせてしまう場合があるからです。
例えば、事件後に報道等から犯人の特徴を知った目撃者が、その情報に基づいて自身の記憶を改変してしまうことがあります。
事前の記憶 | 事後の情報 | 事後情報効果後の記憶 |
---|---|---|
犯人の髪色が黒だと思っていた | ニュースで犯人の髪色は赤だと報道された | 自分が見た犯人の髪色は赤だと思い込む |
このような現象は、警察の取り調べや裁判での証言に大きな影響を及ぼす可能性があります。事後情報効果は、我々が情報をどのように処理し、記憶するかについての理解を深める上で極めて重要な概念です。
(2)目撃者証言における事後情報効果の影響とその潜在的な問題
目撃者証言は、法廷における重要な証拠の一つです。しかし、目撃者が事後情報効果の影響を受けると、その証言の信憑性は大きく損なわれます。
例えば、目撃者が事件後にメディア報道を通じて追加の情報を得ると、その情報が元の記憶に混ざり合い、事実と異なる証言を引き起こす可能性があります。「青い車」を目撃したはずが、「赤い車」だと報じられていたために「赤い車」を目撃したと誤って証言してしまうこともあります。
さらに、この問題は修正が難しいものです。なぜなら、人間は元の記憶と事後の情報が混ざり合った新たな「記憶」を信じてしまう傾向があるからです。これは、事後情報効果の潜在的な問題として認識しなければなりません。
5.記憶と事後情報効果
(1)人間の記憶がどのように働き、事後情報効果がどのように影響するか
人間の記憶は、経験した出来事を吸収し、保管し、再利用する能力です。しかし、その過程は完全に客観的ではありません。ここでのキーポイントは、「人間の記憶は不完全であり、新たな情報によって変形可能だ」という事実です。
この特性が事後情報効果に直結します。事後情報効果とは、人々がある出来事についての初期の印象や記憶が、後から得た情報によって影響を受け、変更される現象のことを指します。つまり、後から得た情報が先に得た情報を上書きし、記憶の歪みを引き起こすのです。
例えば、事故の目撃者が後日警察から具体的な状況を聞かされた場合、その情報が目撃者の初期の記憶に影響を与え、事故の詳細を曖昧にしたり、事実と異なる方向へ変える可能性があります。
(2)”記憶力が高い=幸せ”ではない理由と事後情報効果
一般的に、「記憶力が高い人は生活が豊かで幸せだ」というイメージがありますが、必ずしもそのような事実があるわけではありません。実は、記憶力が高いことは事後情報効果の影響を受けやすい可能性もあるのです。
事後情報効果とは、後から得た情報が、以前の経験や記憶に影響を与える現象のことを言います。例えば、ある事象についての情報を得た後に、その事象が起きた時の記憶が変化することもあります。
記憶力が高い人は、情報を詳細に記憶しやすい一方で、新たな情報が既存の記憶に影響を与えやすいという側面もあります。これにより、本来の事実とは異なる情報を元に行動したり、判断を誤ったりする可能性もあります。
これを理解することで、自分自身の記憶と向き合い、情報を如何に取り扱うかを見直すきっかけになるでしょう。
6.事後情報効果を理解し、如何に対処するか
(1)事後情報効果を意識し、情報の判断を行う重要性
事後情報効果を意識することは、情報の判断において非常に重要です。なぜなら、私たちは日々大量の情報に接しており、その全てを完全に把握し、客観的な視点を保つことは困難だからです。事後情報効果によって、新たに得た情報が元々の記憶や判断を変えてしまう可能性があります。
例えば、次のような場合を考えてみましょう。
元の情報 | 事後の情報 | 結果 |
---|---|---|
商品Aは良い性能を持つ | 商品Aの製造会社が不祥事を起こした | 商品Aに対する評価が下がる |
この表からわかる通り、事後の情報が元の情報を上書きしてしまう可能性があるのです。情報の真偽を見極め、事後情報効果による認知バイアスから自身を守るためには、原始的な情報の評価を意識的に保つことが重要となります。
(2)事後情報効果からくる認知バイアスから自分自身を守る方法
事後情報効果からくる認知バイアスを避けるためには、以下の3つのステップが有効です。
- 情報の発信源を確認する: 情報を提供した人物や組織の信頼性を確認しましょう。その情報が確かな根拠に基づいているか、偏見や先入観から生じたものではないかを見極めます。
- 反証可能な情報を探す: 情報に対する反証や異なる視点を持つ情報を積極的に探し、多角的な視点から事象を考えられるようにします。
- 自己反省: 自分が得た情報を鵜呑みにせず、自分自身の意見や視点を持つことが重要です。情報が自分の既存の信念や価値観に影響を与えていないか定期的に自己反省しましょう。
以上の3つのステップは、事後情報効果による認知バイアスから自身を守る有効な手段と言えます。
7.まとめ
本記事では、社会心理学の一環として「事後情報効果」について解説しました。それは、後から得られた情報が、前に持っていた記憶や意見を書き換えてしまう現象で、認知バイアスの一つです。
具体的な事例を通じて、そのメカニズムや影響を考察しました。特に犯罪心理学の観点から見た目撃者証言における事後情報効果の影響は大きいと確認しました。
また、人間の記憶がどのように働き、事後情報効果がどのように影響するかを深掘りしました。そして、”記憶力が高い=幸せ”ではない理由まで触れました。
最後に、事後情報効果を意識し、情報の判断を行う重要性と、事後情報効果からくる認知バイアスから自分自身を守る方法について説明しました。事後情報効果は私たちの日常生活の中でしっかりと理解し、適切な対処法を身につけることが求められます。